消費と商機
今朝の朝日新聞の経済面に『SCでも行くか の休日』という記事があり、ショッピングセンターの新設される数が増えていることが書いてありました。
確かに、SCが増えているな、というのは実感としてあります。
小売業態の多くは前年対比で売上減少になっている中で、SCは前年を上回っているそうです。
新聞によると今年は90ヶ所近いSCがオープンする予定とか。
地方都市に出張などで出かけた時に見かける風景が、郊外型のチェーン店に侵食され、今自分がどこに来ているのか一瞬分からなく時があるほど、どこに行っても同じような風景になってしまったなぁと感じるようになってからしばらく経つと思います。
今度はさらに大きな箱モノの登場なんですね。
小売・飲食・サービスの各業態が入り乱れて、あらゆる世代の消費者を吸引していきます。
そこに行けばなんでもあるし、そういう多業態の空間に身を置いておけば週末の1日くらいは消費できるわけで、生活者も便利になったとは思います。
僕は新しいものは好きなので、新しい施設を見に行くのはOKですが、あまり必要以上の買物や飲食には関心がないので、新設SCには話のネタに1回行っておけば充分です。むしろ人込みが苦手なので、話題のSCがすっかり話題性がなくなって人が減ってから行くのが好みです。
SCに行って感じるのは、そんなに時間もお金も消費する必要があるのだろうかということです。
サービス提供側はひたすら来場者に消費させる仕組を考えて提供しているわけですが、果たして生活者としての彼らもそう思うのでしょうか。
都心部ではすでに若年労働者は確保できなくなっており、飲食チェーン等では少ないパート・アルバイトが統制の利かない体制で生産性の低い仕事をして、サービス低下は目を覆うばかりです。
郊外のSCでも既に周辺の一時労働者の奪い合いの様相を呈しているようですね。
最近よく思うのですが、「そうまでしないとこの時間を過ごせないのか?」ということです。
日々の電車の中では、他人のことはおかまいなしで携帯ゲームをしたり本を読んだりする人が多く、たった数十分の電車内の時間をそうまでしないと退屈で死にそうなのか?そこまで忙しいか?と不思議に思ってしまいます。
仕事で消費財の会社との接点が増え、ヨーロッパの商品や生活スタイルに関する情報に触れる機会も増えてきました。
例えばスウェーデンの質実剛健で、それでいて洒落た生活用品は素晴らしいなと思いますが、どうもそれをそのまま自分達の生活シーンに持ち込むことについては不自然な感覚が生まれてしまいます。
本質的に日本人は時間を自分のためにうまく使うことが不得手なのでしょうか。
生活というものに関する捉え方が他の国の人と違うのでしょうか。
ではちょっと観点を変えて人材に対する考え方はどうなのでしょうか?
元来、日本企業の多くは雇用維持や人材育成を重要視していました。
米国企業が日本にはたくさんありますが、人材を消耗品だと考えている会社が多い思われます。
とくに経営者などは短期間に「詰め替えパッケージ」のように取り替えられていきますね。
でも最近では日本の会社にも、元々日本の会社なのか米国の会社なのか見分けがつかないような動きの会社もたくさんあります。
ヨーロッパの会社ではどうなのでしょうか。
消費と商機と生活と人材と・・・・・。
どうも、そのあたりの考えが自分自身の頭の中でうまくまとまらないまま、時間消費型の生活環境や行動パターン、企業活動に漠然とした疑問を感じてしまうこの頃です。

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