とらわれず まどわされず しばられず
この土日で慌しく実家に帰り、墓参りをしてきました。
広島で生まれ育った僕にとっては、正月の帰省と違って、原爆投下の日や終戦記念日のある8月のお盆の帰省は、何かと考えることの多い帰省です。
僕の生まれ育ったのは広島市の北部で、都市開発からも取り残されたようなところです。
原爆から復興し、今では高層建築が目立ち始めた広島市内とは対照的な土地です。
先祖代々の墓がある裏山の近くをバイパス道路が建設中なのですが、そこから遺跡が出てきたとかで、しばらく側道工事が中断していました。
それは何やら縄文時代の遺跡だそうで、その時代の女性の骨がそっくりそのまま出てきたらしく、一時は見学ツアーも組まれたようです。
結局、経済合理性にもとづいてこの遺跡は近々また埋められることになるそうなので、僕も家内と一緒に見てきました。
遺跡は山の中腹にあり、何の柵も設けられず、むき出しの状態でした。
一番上のところに立つと、あたり一体が一望できました。とてもいい気分でした。
どうしてこんな高いところに生活していたのか、不思議な気がしましたが、縄文時代に生きていた人達の生活の足跡を自分の実家のすぐ近くで体感できるのは、何か清々しい気分でした。
僕の家系はこの土地に住んで約500年だと聞いていますが、縄文の時代だけで約1万年。
人間の歴史に比べると、500年でさえちっぽけなものに思えるので、気が大きくなってきます。
遺跡に立ちながら見た風景は、空の青と山の緑、田んぼの緑がとても濃く、境目がくっきりと映えていました。
小学生の時の図画で書いた風景画のような原色の世界です。
思えば、都心で暮らしていると、風景の色彩が薄い気がします。
無味乾燥なビルや建物が多いということもあるでしょうが、公園にいても緑の濃さが田舎とは違う感じです。
空気が澄んでいるかどうかの違いもあるでしょうか、今更ながら今回はそのくっきりとした原色の世界がとても新鮮に思えました。
横で家内が、「こういうきれいなところに生まれてからずっと住んでいて、東京で生活することに抵抗はなかったの?」と僕に聞いてきましたが、「こういうところが変わらずあるから都会で生活できるんだろうな」と答えました。
確かに、盆と正月しか帰省しませんし、何かニュースにでもならない限り普段は思い出すことも少ない自分の故郷ですが、『変わらずあるもの』が存在するお陰で、自分のアイデンティティというか、気持ちのバランスも取れているんだろうなと思いました。
大学入学の時以来、実家を離れて暮らし、次男という立場を利用して「土地に縛られる生き方」というものを避け、とにかく変化を好んできました。
相変わらず変化していくことは好きですが、これまで自分が思ってきた「土地に縛られること」という捉え方が、年を重ねるうちに少し変わってきたように思います。
うまく表現できないのですが、土地に縛られるという単純なものではなく、何かもっと別なもの、という気がしています。
そしてそれは「変わらず守っている人」がいるからこそのことであるということも。
改めて親や兄に感謝しないといけないと思いました。
東京は今、不動産のミニバブルの状態。
別な意味で土地に縛られている人達がたくさんいる街ですが、そういうものと無縁のところで由縁の土地で生きていくことの大切さを実感した2日間でした。

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